その日、彼女は母親の家で過ごした。
本当は母親にたくさん話を聞いて欲しかった。
でも、母親は小さな弟の世話で手一杯だ。
そんな母親に、結局ひとつも甘えることもできず、彼女はただ元気に振舞った。
いつからだろう、本当の気持ちを全然伝えられなくなったのは。
いつからだろう、元気を装うようになったのは。
いつでも、どこに居ても、彼女は孤独だった。
唯一、彼氏と居る時だけが、自分で居られる気がした。
リビングから早めに退散し、寝室に行った。
そして、リビングから聞こえてくるかすかな笑い声を聞きながら涙した。
心が引き裂かれそうだった。
「パパもママも大嫌い!」
彼女は、寂しかった。
そして、その寂しさを紛らわす為に、彼氏に電話した。
彼氏は、いつでも優しい言葉をかけてくれる。その日も変わらずに、優しいトーンで「どうした?大丈夫か?」と電話に出てくれた。
「うん、大丈夫。」
「・・・本当はダメ。会いたいよ。今すぐ会いたいよ。」
彼女は、ほんの少し自分の気持ちを言うことができた。
でも、今の二人にはそれは無理な話。
その頃、彼氏の母親は、彼女のことを考えていた。
息子の彼女だから心配するし、できることはしてあげようと思ってはいる。しかし結局、彼女の家の問題にまで口を出すことはできない。
思春期、何かと不安定な二人にとってベストなことは、別れることなのではないかとも思っている。
現在の息子には、彼女の負の感情を見せて欲しくないというのも、母として当然の想いである。
とにかく、彼女の家がしっかりしてくれないと、この子たちはいつまで経っても負の連鎖なのではないだろうかという不安と腹立たしさが彼氏の母親にはあった。
彼女は、親権を母親に移したいと思っていたので、そのことを母親に話した。
すると、母親の答えは「移されても困る」だった。
やっぱり自分の居場所はなかったと、再び彼女は死にたくなった。
思春期というものは、普通でもとかく不安定なもので、時にはものすごく成熟した考えや態度をしたかと思うと、次の瞬間にはまるで子供になったりする。
それは、この子たちも同じである。
ましてや、愛を知らずに育った彼女は愛に飢えていると同時に、愛されない自分の価値をも見失うことがある。
生と死がとても近い状態である。
自分の人生だからどうしようが自分の自由だと思う年頃であり、とても油断ならない時期なのだ。
だから彼氏の母親は、少しでも彼女に愛を感じて欲しいと思い、できる範囲で彼女に自分の子供と同じように接してあげたいと思っているし、たくさん抱き締めてあげようと思ったのだ。
でも、彼女が求めているのは自分の親からの愛である。最終的にその親でないと彼女を守れないこともある。「移されても困る」そんな言葉を普通に言える彼女の母親は、彼氏の母親からは到底理解できないものだった。
彼氏の母親は、息子の好きな子だからと思って、彼女のことも大事にしようと思っていたが、そんな親の元で育った彼女が、このまま息子と付き合っていくことに関しては、手放しで喜べる状態でないのも事実である。
彼女の親子関係が原因で、息子に悪影響を及ぼされかねない。彼氏の母親は、その場合、何としても盾になろうと決めていた。本当は、彼女に感情移入してしまったことを後悔したり、不憫に思って愛を与えたいと思ってしまったり、相反する感情が彼氏の母親を苦しめている。
縁があればそれが息子と歩む道なのかもしれないし、そうでないかもしれないが、どうか、いつかこの彼女が素敵な女性になり、幸せを掴めるようにと彼氏の母親は願ってやまない。