記憶のかけら①

物語

目覚めたぼくは自分の頬を一筋の涙がつたっていることに気が付いた。
なぜ泣いていたのかぼくはちっとも覚えていない。
「あれ?ぼくどうしちゃったんだろう?」
どんなに考えても何も思い出せない。
ぼくは、少し怖くなってママを呼んだ。
「ママ~!ママ~!」
「はーい、どうしたの?そんなに必死に呼んで。何かあった?」
ママはそう言いながら、ぼくの部屋の扉を開けた。

その瞬間、ぼくは凍てつくほどに驚いた。

「マ・マ?」

「どうしたのよ?そんなに驚いて・・・。」

ママは不思議そうにぼくの顔を覗き込む。

ぼくは、何も言えずに固まった。
・・・ママじゃない。
少なくともぼくの記憶にあるママではない。
ぼくはいったいどうしちゃったんだろう。
きっとぼくがおかしくなってしまったんだ。
どうしよう。怖いよ、ママ、助けてよ~。

「颯斗?大丈夫?」

ママが心配そうに、更にぼくの顔を覗き込む。

「うん、何でもない。大丈夫。」

ぼくは、今起きている現象を伝えられるほど、頭の中の整理がついていない。

とりあえず、ぼくはこの見ず知らずの人がママであるという現象を解明しなければいけない。でも、そんなのどうやってわかるのか。ぼくは別の世界にきてしまったのか。ただ記憶回路がおかしくなっているだけなのか。いずれにしても、今すぐに答えが出ることではないと理解はできる。
だからこの現象に自分を合わせることにした。

そして、ぼくは幾日もかけて、一つ一つ覚えていること、自分の記憶と違う部分、同じ部分、まったく知らない部分など少しでも気になることを紙に書き出した。

すると、少しずつわかってきたことがある。
部屋、家、庭、車、街並みなどは僕の記憶と合致していて、そこの人々も同じ名前で存在する。ただ違うのは、その人々の容姿だけ。我が家もママだけでなく、パパも弟の聖斗も妹の舞美もまるで違う人になっている。
しかし、不思議なことに小型犬のココだけが記憶と合致する唯一の生き物である。そして、このことが、とても不安で、怖かったぼくの心を、少し落ち着かせてくれた。

「ココ、ぼくどうしちゃったんだろう?」
「なんで、みんな違う人になってしまったのかな?」
「ココは何でココのままでいてくれたの?」
ココはぼくの話を聞きながら、まっすぐにぼくを見つめて微笑んでくれているようだ。
次の瞬間、「(大丈夫だよ)」と声が聞こえた気がしたが、この部屋にはココとぼくだけなので、きっと気のせいだったのだろう。ぼくはよっぽど頭がおかしくなっている。

さて、これからどうしよう。。。
このことをママだというあの人に伝えていいものかどうか。
もし、ぼくの記憶回路の混乱だけの状況なのだとすると、ココだけはなぜ一緒なのかという疑問もまた生まれてしまう。